韓国で映画業界に携わるようになったきっかけは?韓国映画界で活躍する現役日本人助監督「藤本信介」さんインタビュー中編 [第2回/全3回]

韓国で映画業界に携わるようになったきっかけは?韓国映画界で活躍する現役日本人助監督「藤本信介」さんインタビュー中編 [第2回/全3回]

interviewer:Madoka Tomosaki


──ところで、韓国語はどうされたのですか?

留学行くと決めてから6ヶ月の時間があったので、その間に本を買ってコツコツやりました。

──独学ですか?

独学プラス、韓国に興味を持ったキッカケが、韓国人留学生と出会ったからなんですけど、昼間ちょっと勉強して、夜は勉強したことを韓国人相手に酒の力も借りながら使うって感じでした。

だからホント楽しく勉強できたんです。なので、留学行った時は、「私は藤本信介、日本人です」「私は00に行きたいです」「私は00が食べたいです」みたいな簡単な文章は話せました。

今でもすごく覚えているのが、留学した次の日に映画が観たいな、と思って、映画館があるエリアに初めて地下鉄に乗って一人で行きました。駅に降り立ったけど、その時はスマホもない時代だったので、歩いている人を捕まえては、「ヨンファ、ポゴシッポヨ」、映画観たいです、ってひたすら訴えて連れてってもらいました。
楽しかったですね、あの経験も。

──韓国に住まれてからは?

はい。(現地に)行くと全てが勉強じゃないですか。
学校ですれ違う人との挨拶も勉強だし、街中を歩いて看板を読むのも勉強だったから自然に上達したと思います。
徹夜で必死に勉強、って訳ではないですね。

──私も韓国語を勉強しているんですけど、韓国人の先生と週に1回カフェで習ってるんですけど、中々日本に住んでいると使うところがなくて、試せる場所がないのが悩みですね。 

出来れば韓国人の友達とかと電話で今日勉強したことを使うとか、そういう事が出来たら良いですね。

──そうですよね。元々韓国とフィーリングが合ったから実際に住んだけど、韓国映画がすごく好きだから、韓国で仕事がしたいって事では無かったですか?順番は?

順番では、韓国っていう場所が先にありましたね。元々映画も好きで、日本に戻って日本の大学を卒業する時に何をやりたいかな、と考えた時に「映画」しかなかったんです。他にやりたいことがなくて、「映画」をやりたいな、って。でもどうやって?勉強もしてなかったから。

先ずはどこでやるかを決めるべきだなと。自分は北陸出身なので東京でやるか、またはソウルでやるか、どっちかだなと思ったんですよ。
韓国映画も留学していた2001〜2002年は大急成長な時期で、面白い映画が沢山観れたんです。
東京で映画をやるか、韓国ソウルで映画をやるか、と考えた場合、東京に住んだことが無いからちょっと怖いんですよ。

──じゃあ、東京で経験してから行かれたんじゃなく?

じゃなく。東京は地下鉄乗るのも怖いな、と思ったんですけど、ソウルだと友達もいるし、1年住んだし、ってことで国は違うけど自分には東京より近かったんです。ソウルって場所が。韓国映画もすごく面白いと思っていたから、ソウルで、韓国で映画が出来たらやりたいことを両方出来るなって、思い切って行きました。
まぁ若かったから出来たと思うんです。映画が何かもわからない状況だったけど、取り敢えず行ってみたという。

──すごい。じゃあ、映画を学んだのも韓国?

そうですね、韓国で初めて。最初は知り合いを通じて映画やりたい、やりたいってアピールしました。
じゃあ、信介は演出部をやりたいのか制作部をやりたいのか、と聞かれた時にそれって何ですか?(笑)
知らないから、勉強したこともなかったから。それはわからないんですけど、映画をやりたいんです、と。
で、韓国で映画を始めました。

──ひゃー、びっくりしました。逆だと思っていました。日本(映画)からかと。面白い!

たぶん日本でやってなかったから続けられたのかな、と正直思いました。日本でやっていたら比べてしまっていたと思うんですよ。やっぱり日本の方が良いなって、なっていたかも知れません、いま思うと。

だけど韓国で映画を始めて、韓国しか知らないからこそ、辛くて大変でもこれが映画では当たり前って思っていたから乗り越えられたのかも知れません。

──日本と比べるポイントがないからって事ですね?

そうですね。

韓国で初めて映画制作に携わったきっかけ

──最初に携わった映画は何ですか?

台風太陽 君がいた夏という映画です。全く日本と関係ない映画だったんですけど、運良く誘ってもらって制作進行の仕事で付きました。
その時は撮影4ヶ月と仕上げを2ヶ月くらいで6ヶ月参加することが出来ました。
いま思えばそこまで言葉は出来てなかったと思うんです、韓国語を学んで2年半くらい経った頃だったので。
それでも仕事として映画の現場で(韓国語を)使うとなると、確実に不足していたと思うんですけど、制作進行って体で動けば出来る部分もあるから、頑張って走りまくって韓国人スタッフにも珍しがられて良くして貰いました。

──大変だったことはありますか?

大変だったことは、まぁ言葉の問題ですけど。
バタバタと忙しい現場で、ある時撮影部の人が「おい信介、水くれ」って。
自分で行って飲めば良いのに何でこの忙しい俺を捕まえて水を持って来いって言うのかって思って、「え?」って聞き返したら「だから、水くれよ、水」と。
すごく腹が立ったけどダッシュして遠くから水を持ってきて渡したら「え?何で水?」「だって水くれって言っただろ?」って言ったら、「ムル(水)」じゃなくて「プル(火)」だったんですよ。
ライターの火が必要だったのに、聞き間違えてしまった。その時は腹も立ったけど自分が悔しかった。まだまだだなぁって。

──そうか!ムルとプル。水かと思いますよね。

水って単語はムルなんですけど、今でも発音が難しいなって思いますね。

──2年半韓国にいらしてその初めての現場は、どういうツテで入られたんですか?

その前も撮影を準備していた映画会社で雑用とかしていたんですよ。
1ヶ月働いて(企画が)流れて、待機。また別の会社でちょっと働いても、流れて待機、っていうのが1年半あったんですけど、丁度『台風太陽』のクランク・イン後に制作部が上の人とぶつかってしまって、ごっそり辞めたんです。
そこで自分がその時に関わっていた作品のスタッフにすぐに働ける人がいないかという連絡がきて、自分含め3人のスタッフが急遽投入されることになりました。
自分たちが関わっていた作品はもう流れそうな気配があったので、タイミングがちょうど合いました。
その時、自分が関わっていた作品が流れそうな時期だったので、誘ってもらえました。誰でも良かったから外人でも入れたんだと思いますよ。(笑)
言葉が出来なくても雑用なら任せられるという事で、運が良かったんだと思います。

──私、カン・ジェギュ監督と、パク・チャヌク監督にすごく興味があるんですけど、どんな方ですか?

パク監督とは『お嬢さん』という映画で。

『お嬢さん』予告編

──劇場で観ました。大好きです。

あの映画でご一緒したんですけど、パク監督は美しいものが何か、を感覚的に知っている人だなと、スゴイと思いました。
監督がみるモニターは隅々まで綺麗なんですよね。監督もここはもう少しこうして欲しいとか、隅々まで目が届く。

普通は、役者だけに目が行く人もいれば、役者を(演技)信じて他の細かいところに目が行く人もいて結構分かれると思うんですけど、パク監督は一枚の絵として考えて全てを美しくする能力がある人だな、と思いました。

あと映画はやっぱりひとりの力では出来ないと思うんですよね、美術も照明もメイク、撮影とか色んな人の力が必要だと思うんですけど、スタッフとの信頼関係を作るのが上手いと思いました。
だからこそ、『お嬢さん』のスタッフも『オールド・ボーイ』からずっと関わっているスタッフたちで、お互い百言わなくても伝わった事はあったと思います。

──もう信用しているんですね。スタッフさんのことを。

そこはやっぱり監督の才能を皆が好きだから集まった、って勿論あると思うのです。
でもパク監督は人をコントロールするパワーが備わっている人だな、と思いました。

──凄いですね。皆をそういう気持ちにさせるって。
あの作品を見ているとホントに世界観が素敵ですよね。さっき美しいっておっしゃっていましたが、エロティックなシーンも沢山あるんですけど、美しいって印象だし、あの世界観は忘れられなくってブルーレイまで買っちゃったので、私メイキングで見たかも、藤本さんのこと。

自分も好きな作品で、あそこまでエロティックで美しい。
更に言うと変態チックなのに美しいっていうのはパク監督だけの力だと思いますよ。

──はい、思います。『オールドボーイ』もそんな感じがしますよね。

凄い人ですね。

──大好きです。

あと、監督は日本が大好きですね。

──だから、日本っぽい世界観があるんですね。

昔の日本映画も大好きで、主人公の秀子の名前は、監督が好きな日本の女優、高峰秀子さんから取ったって言っていました。

──そうなんですね!

大好きって言っていました。

カン・ジェギュ監督とは、『マイウェイ 12,000キロの真実』、チャン・ドンゴンさんとオダギリ・ジョーさんの作品で関わったんですけど、監督は、もちろんドラマを撮るのも上手いと思うんですけど、迫力、絵的に見映えする大きい規模の映像を撮る上では右に出る者はいないと思いましたね。
撮影の中で戦車の爆発だけで1日終わった日もありました。

映画『マイウェイ 12,000キロの真実』より大迫力の戦闘シーン

──えー!?

すごいでしょ?撮影も延べ150日ほどで、期間も9〜10ヶ月ありました。
迫力ある映像が必要な、ああいう映画をアジアで出来るってことは凄く恵まれている環境だな、と思いました。
それをコントロールする力があるっていうのも相当信頼されていないと、そんなお金も集まらないし、任せる事が出来ないと思うんですけど、それほど素晴らしい能力がある監督なんだな、と思いました。

──全部のシーン、こだわっているんですね。

そうですね。ホントあの映画は、アクションや爆発、カメラワークにおいても、韓国でもこんな規模の映画が作れるんだって事に感動しました。

──私『チャンス商会〜初恋を探して〜』っていう映画が好きなんですよ、すごくほっこりとした。
感動して泣いちゃったんですけど。ああいうストーリーの映画も撮られたりするんだって、色んなタイプの作品が出来る監督だなって。

『チャンス商会〜初恋を探して〜』の前まではホントにアクションのイメージばっかりだったと思うんですけど、『チャンス商会〜初恋を探して〜』のような人間ドラマに焦点を当てたのも撮れるんだって、これまた感動しました。

──思いました、同じ監督さんなんだ!って。 

ですよね、別人みたいですよね。人柄もとてもいい人です。
ああいう映画を撮ってると、マッチョで「おい、オマエ早くしろよ」ってイメージなんですけど、とても優しくてジェントルマンな人です。

──今までで印象に残っている俳優さんは?

『マイ・ウェイ 12,000キロの真実』のチャン・ドンゴンさんは本当にいい人でした。
役者さんだったら機嫌が悪くなる時だって絶対あると思うんです。それは人間的にどうこうではなくって。やっぱり撮影現場って大変だし、待ち時間も長いし過酷なことも強いられる。

あと集中しなくちゃ自分の演技が出せなかったりする。何回もテイクできない場合もモチロンある。集中したいのに周りの環境で集中できない時にちょっと機嫌が悪くなったりする役者さんもいると思います。
けどチャン・ドンゴンさんは、待ち時間が長すぎても仕方ない、映画はそういうモノだ、としっかり理解してスタッフにも優しく接しているところがすごく印象的で。

現場のスタッフも100人とかいるのに、朝とか会うと向こうから「お、信介おはよう」って言って来るくらいの気配りと心の余裕がありました。
こんな大きな映画に出ている役者さんでもこの余裕は凄いな、って感動しましたね。

──素敵なお人柄なのですね。

誰が好きなんですか?役者さんは?

──私は先程の『お嬢さん』に出られていたハ・ジョンウさんがすごく好きで、ソン・ガンホさんもすごく好きで すし、いっぱいいますね。(笑)

女優さんは?

──それこそ、キム・テリさんも好きです。あの後も色々出ているので、観てるんですけど沢山いすぎて。
クムジャさん、『親切なクムジャさん』イ・ヨンエさん、好きです。
ああいう役をやってみたいな、と思います。

クムジャさんみたいな?
じゃあ結構ぶっ飛んだ系が好きってことですね?パク・チャヌク監督と合うんじゃないですか?

──すごく好きな監督です。

監督は元々日本文化が好きだから、ぶっ飛んだ役やりたいですって会いに行ったらどうですか?

──はい。行って良いですかね?(笑)行きたいです。

この秋に新作を取る予定みたいですから、ぜひ韓国に行ったらどうですか?知り合いのスタッフがこの作品にも付くので、どこで撮影しているか調べれますよ。現場に行って「ぶっ飛んだ役下さい!」って是非。

──え?行っていいですか?

もちろんです。

──来るなって監督さんではないですね?って良いですかね?(笑)行きたいです。

はい。多分、私も高峰秀子好きです!とか言えば、じゃあ来いよ!ってなるかも知れませんよ。

──でも韓国映画出たいって、パク・チャヌク監督の映画に出たいって思ったら、やっぱり行動に移していった方が良いってことですよね。

そうですよね。自分もそうでしたがダメ元じゃあないですか、結局。
もちろんダメだとは思うんですけど、もしかしたら?、ってところはあると思う。自分が韓国に行った時も、そりゃダメだよな、って最初はいい諦めをして行ったんですよ。
そりゃ映画の勉強もしてないし、韓国という海外で文化をやるなんて。(しかも)韓国語も十分に出来ていない状態でしたし。

「ダメで元々精神」って自分で呼んでるんですけど、ダメでも元々だけど、とりあえず、やってみるというのが大事だと思います。まどかさんもダメでも元々で是非ぶっ飛んだ役を是非ゲットしてみてください。

──はい。頑張ります!

【藤本信介さんプロフィール】

1979年金沢生まれ。2001年、富山大学在学中に韓国国民大学に交換留学生として留学。 留学中、韓国映画に魅了され、2003年に再び渡韓し韓国映画界に飛び込む。 その後、韓国映画・日韓合作映画の助監督として多数の映画製作に携わる。

参加した作品には『お嬢さん』(パク・チャヌク監督)、『悲夢』(キム・ギドク監督)、『マイウェイ 12,000キロの真実』(カン・ジェギュ監督)、『裸足の夢』(キム・テギュン監督)、『蝶の眠り』(チョン・ジェウン監督)、『美しき野獣』(キム・ソンス監督)、『ノーボーイズ・ノークライ』(キム・ヨンナム監督)、『道〜白磁の人』(高橋伴明監督)、『アイアムアヒーロー』(佐藤信介監督)など。

また、韓国のケーブルTV「チャンネルW」の番組「今日の日本(오늘의 일본)」「アルバtalk talk(알바talk talk) 第1回目 第2回目 第3回目」に出演するなど様々な活動を行なっている。

第3回「後編」続きを読む。

第3回「後編」は藤本さんが韓国映画の魅力について深く語ってくれます。聞き所満載の後編です。